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Vintage Books
グループ:Book
ランキング:22707
価格:¥ 1,639
発売日:2001-10-30
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A Pale View of Hills (Vintage International)
レビュー(Amazon.co.jp)
アヘン取り引きに絡んでいたイギリス人ビジネスマンの父親が上海の自宅から突然姿を消したとき、9歳のクリストファー・バンクスは友だちのアキラと探偵ごっこに夢中だった。「中国人街のうさぎ小屋のような路地で追いかけっこや殴り合い、撃ち合いをしたあと、詳細は違っていても決まって必ず、ジェスフィールド公園での壮大な儀式で探偵ごっこは締めくくられた。その儀式で僕たちは、一段高くなった特別ステージにひとりずつ上り…拍手喝采を送る群衆に向かって挨拶するのだった」
次いで母親までもが行方不明となったクリストファーは、イギリスへ送られることになる。2つの世界大戦に挟まれた時代を彼はそこで過ごし、やがて「自称」有名な探偵になる。しかし家族を襲った運命が彼の頭から離れることはなかった。クリストファーは懸命に記憶をたどり、両親の失踪に何らかの意味を見出そうとする。そして1930年代末、彼はついに上海に戻り、自分の人生において最も重要な事件の解決に乗り出すのだった。しかし調査を進めるにつれ、現実と幻想との境界線は次第にあいまいになっていく。彼の出会った日本兵は本当にアキラなのか。両親は本当に中国人街のどこかに監禁されているのか。そして、何か重要な祝典を計画しているらしいグレイソンというイギリス人の役人はいったい何者なのか。「まず何よりも先にお聞きしたいのはですね、儀式の会場をジェスフィールド公園にすることでよろしいかということです。なにしろ、かなり大きなスペースが必要となりますのでね」
『When We Were Orphans』でカズオ・イシグロは、犯罪小説の伝統的な手法を用いて、少年時代のトラウマが落とす影から逃れられないでいる困惑した男の心情を感動的に描き出している。シャーロック・ホームズは推理の際、泥のついた靴や袖についた煙草の灰といった断片的な証拠で事足りた。しかしクリストファーに残されたのは消えゆく遠い昔の記憶だけ。彼にとって、真実はもっとずっと捕らえ難いものだった。小説は一人称で書かれているが、クリストファーの慎重に抑制された語りには冒頭からほころびが見られ、彼を通して見る世界が必ずしも信頼できないことを暗示する。そのため読者は、自らもまた探偵になることを迫られ、クリストファーの記憶の迷路を真実のかけらを求めてさまようのである。
イシグロはもともと派手な弁舌に走る作家ではない。しかし、この作品に漂うもの静かなトーンは、かえって強く感情を揺さぶってくる。『When We Were Orphans』は見事なまでにコントロールされた想像力の傑作である。そしてクリストファー・バンクスは、著者の創造した人物のなかでも、最も印象的なキャラクターのひとりと言えるだろう。
カスタマーレビュー ![]()
再読に堪えうる作品
(2008-04-10)
「日の名残り」「浮世の画家」に続き、私にとってイシグロ氏3作目の小説ですが一番面白く読みました(前記2作品も好きですが)。主人公の独白を基本とし、各章の小見出しだけを追えば時間の流れに沿いつつ、途中回想や過去のエピソードをふんだんに交えることでその世界に引き込まれる点は3作品とも共通していました。しかし本作品はスケールの大きさで過去2作品の比でなく、そこに大きな魅力を感じました(まあ、この点は評価の分かれる点でしょうけど)。前記2作品では「あの人はその後どうなったんだろう、あの事はどういう意味があったんだろう、もう少し詳しく解説(謎解き?)してほしい」と思ったものでしたがこの作品を読むことで、「書き過ぎない」ことがイシグロ氏のスタイルではないかと考えるようになりました。つまり「タネ証し」と「読者の想像力を刺激し続ける」こととのバランスの取り方がこの人の真骨頂なのではないでしょうか。再読すれば、1回目では読み取れなかった“仕掛け”の発見や違った読み方ができそうなので、少し時間をおいて挑戦しようと思っています。
不思議な読後感
(2007-10-26)
非常に不思議な読後感を味わえる小説。
主人公が成長して探偵として活躍する現在と、幼少のころの両親や幼馴染たちとの思い出がイギリスと上海を舞台に語られる。そこには旧友の、両親の、そして現在の恋人の、という具合に様々な人々との個人的体験が重層的にちりばめられていて、極短い短編小説がいくつもいくつも連なっているという風に読むことができた。むしろ通常の小説であれば物語の肉付けとも言えるそれらの「短編」的エピソードが醸し出す雰囲気こそ、この小説の骨格となっているような感覚さえ覚える。
そして何より不思議に感ずるのは、物語の後半、上海に戻った主人公が体験する幼馴染と邂逅する場面。重い現実感のある夢のような描写で、エンターテイメントを期待する読者を全く別の地平へと連れ去ってくれる。
こんな小説には滅多に出会うことが出来ないと思う。
傑作と呼ぶには何かが足りない。
(2007-09-15)
本書の主人公バンクスは、上海育ちの英国人であり、
彼が10歳の時に両親が相次いで失踪した結果、
英国に送られて教育を受けたという、かすかにイシグロ本人の
経歴を思わせるような人物設定になっている。
内容のほうも、これまでの純文学路線とは違い、
探偵小説のパロディめいたエンタメ寄りのもので、
前半では、上海での少年時代の回想を差し挟みつつ、
バンクスが英国のスノッブな社交界の中で、
探偵としての名声を築いていく過程が描かれ、
後半はいよいよ、第二次上海事変から日中全面戦争へと至る
渦中の「魔都」上海へと、バンクスが乗り込むことになる。
こう書くと、傑作たることはほとんど約束されているようにも思えるが、
読み終わって、そう呼ぶには何かが欠けていると感じた。
ひとつには、バンクスの養女となる孤児のジェニファーが、
物語の流れにうまく組み込まれていないように思えることが
挙げられるかもしれない。彼女が登場する場面は、主要な筋からは
半ば独立しているため、単に孤児をもうひとり登場させる必要上、
都合よく導入された人物ではないかという気がしてしまうのだ。
また、舞台が上海に移った途端、急速に現実感が乏しくなり
なぜか皆がバンクス一人に事態の解決を要求するという、
「セカイ系」の展開に突入していくのだが、ここでの上海の描き方が
むしろ類型的なものに留められていることにも、
(イシグロ本人によれば意図的なものらしいが)
微妙な物足りなさを覚えた。名探偵であるはずのバンクスが、
現実にはあり得ない仮定を信じ込むに至る経緯が、
いささか簡単に描かれ過ぎているようでもあるし、
結末近くで明かされる真相の重さとも、
もうひとつうまく釣り合っていないような気がする。
最後に、これは翻訳の問題になるが、
原文でアキラが話す英語は、be動詞や3単現のsが
ほぼ完全に省略された舌足らずのものであり、
邦訳はそこを流暢に訳し過ぎていると思う。
名探偵小説への批評的アプローチ
(2007-05-13)
上海とロンドンを舞台に、中国とイギリスと日本の文化を巧みに描き分けている。アキラとの交流、サラとの運命、ジェニファーとの関係と、いずれも背景に描かれきらない広がりを感じさせる。
そして、名探偵小説を批評的に解釈したようなストーリー展開が斬新。アヘンをめぐる醜い力関係が、最後の謎に深くかかわってくる。真実は、いつも光を伴ってくるとは限らない。だが、人はそれでも真実を知りたい。クリストファーが探偵だというのは、皮肉な設定である。
日中戦争の生々しい情景を描き、その後の世界大戦をスルーし、「筆舌に尽くしがたい」という形容を、書かずして表現している。
納得がいかない
(2006-09-12)
上海事変前約20年間の上海を舞台にした推理小説で、彼はこの本で<文学的推理小説というジャンルを確立した>と激賞されたという。私は彼の作品を読むのはこれが二冊目だが、前回読んだ「日の名残り」に比べてよりドラマチックであり、後半には特にスピード感がある。しかし読み終わったあと、私はおかしなことに気づいた。
私は「上海を舞台にした」と書いたが、実は作品中にほとんど中国人が登場しない。せいぜい英語を操れる少数の中国人が脇役として出てくるだけだ。つまりこれは「上海を舞台にした」小説ではなく、イギリス人が生活するのに通訳を必要としない中国の中の英国=「上海租界を舞台にした」小説だ。
もちろん英国が持ち込んだ阿片で苦しむ中国人、悲惨な生活を送っている中国人貧民の姿も出てくるが、それはあくまでそこから脱却できない、かえって進んで買弁として生きる道を選択した中国人というイメージを抜けきらない。
私も一度だけ上海に行ったことがあるが、その巨大都市がじつはせいぜい百年ばかりの歴史しかないと聞かされ、驚いた経験がある。上海という都市の歴史は列強の中国侵略の前線基地としてはじまったものである。
作家が描くある英国人一家を襲った悲劇も、それとは比較にならない侵略を受けた中国民衆の悲劇という背景を抜きに語られるならば、限りなく自己欺瞞に近づく。はたして英国に住む日本人作家が中国近代史を書くスタンスがこれでよかったのかどうか、私には疑問だ。

